2012/01/03

100年前の出来事を,昨日の事のように感じる技術

震災から半年が過ぎ去ったころ
人々は落ち着きを取り戻して
「この出来事を風化させてはならない」と
後世に語り継ぐことに意識が向くようになった.

宮城県沖を襲った津波は,そもそも今回が初めてではなかった.
寛政5年(1793),明治30年(1897),明治33年(1900),および昭和11年(1936)
に地震と津波のため,被災している.

厄災に遭うたびに弔いの石碑が立ち,時の流れの中で文字通りそれは風化する.
子から孫へと代がわりしていくうちに,人々の記憶も薄れていく.
繰り返される悲劇を目の当たりにすると,抗い難い時間の宿命に寒気がする.

「100年前の出来事を,昨日の事のように感じる技術」
こんな技術があったら,どうだろう.
具体的には,四方を高精細モニターに囲まれたVR空間の真ん中に被験者が立つ.
音も全天から聞こえてくるその空間で,災害の映像と音声が再生される.
被験者は災害の1時間を身をもって"体験"する.

ただ,災害に備えるというのは,物的な備えと心的な備えというのがあって
物的な備えはモノを揃えておけばいいけど,心的な備えは,なかなかメンタルの負担が重い.
平時にも常に有事の事を考えるというのは,自衛隊員でも難しい.

常時警戒し続けて,神経をすり減らしながら生きるのか
長い平和に浸かって,ただその時が来ないことをぼんやり祈りながら生きるのか

どちらが良いとは,一概には言えない気がしてきた.

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