2011/12/29

道具に使われる関係

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言葉だけでは全てを表現することはできない。
この命題は数学で言えば背理法で証明できるだろう。
音楽しかり、絵しかり、映像しかり。

すべての表現には受け手の好みがあって、受け手の感動の度合いが違う。
その理由は、なんだ?

たとえば音楽。
「言葉では表現できないものを音楽を使って表現しようとしているのだから、その理由は言葉では表現できない。きわめて曖昧な、実体の掴めないものだ」
そういう考えもあるだろう。

でも僕は、そこで言葉を使って考えるのをやめてしまうと納得できるものは生まれないと思ってる。

最終的には言葉にできないものを作ろうとしているとしても,その衝動や感情の源泉をできるだけ言葉で表現しようと藻掻く姿勢は大事だよ。

あなたのその「伝えたい」という衝動を満たすために、そして誰かに「伝わる」ためには、どう表現すればいいのか。必ずピアノを使うべきなのか?そもそも「音楽」である必要はあるのか?

感覚に頼りすぎると、手段と目的がいよいよ混沌としていく。

ツールに縛られて本来の目的を忘れていく人間の様子は、さながらメタトロンに心を侵食されるフレームランナーのようである。(ANUBIS Z.O.Eは人類史上稀に見る名作ゲームなのでやりましょう)
自分と道具の主従関係が逆転している。

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