2011/12/06

見た目から連想する中身

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ただぼやくだけなのもあれなので,これからは写真付けます.なるべく.これは夜の明治通り.焼肉食べた後鍵盤背負いながらとぼとぼ歩いてた.

今日の大学の授業から連想してふと思ったので書いてみる.

「こういう服装,恰好をしていると~~に見える」というのはよくある話.ゴシック系の服装を着てるだけで「あ,ヴィジュアル系とかパンクとか好きなのかな?」とか,会話なしにその人の中身を予想できる.

この点,人間はGUIアプリケーションによく似てるから例えてみる.
GUIアプリケーションは,外見であるインターフェース(デザイン含む)と中身である機能が表裏一体となってる.いい機能を持っていてもインターフェースがカスなせいで評価されないアプリとか,デザインだけで機能スカスカな見かけ倒しのアプリもある.

「ここを操作したらこういうことができそう」というユーザの直観に反しないアプリは素晴らしいと思う.「この文字は赤だから危ないのかな」とかもそう.ユーザのこれまでの経験則や人間の直観や遺伝子レベルで埋め込まれた知覚・認知の癖に反しないことが大事だなと.

さて,これを人間に戻すとどうだろう.
「ああいう服を着てるからこういう人だろう」という周りの予想に反しない中身を持ってると,周りの人もすっとその人を理解できるだろうし,何より当人が楽じゃない? 誤解を恐れずに言うと,知り合う前からある程度自分の中身を知っているということだし.

(ここまで書いてて思ったけど,ともすればレッテル張りにもなりかねないな.あと,あえて外してギャップを狙うのもいい.ただ「外す」というのはそもそもの正解の場所がどこか分からないと外れの場所もわからないので難易度高い.僕が言いたいのは,外すつもりじゃないところで外してしまうと,コミュニケーションに時間がかかってもったいないよねってこと)

よく「外見で判断せずに中身見てよ!!」って言う人がいるじゃない.逆にその人に聞いてみたい.
「ExcelみたいなデザインだけどやることはiTunesってアプリがあったらイライラするでしょ?」って.

内面が予想できる外見の人は素晴らしい,というのは個人的な信仰です.

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